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千葉地方裁判所 昭和41年(ワ)178号 判決 1968年3月19日

原告 深山兼男

右訴訟代理人弁護士 関一二

被告 黄乙畢

右訴訟代理人弁護士 柴田睦夫

同 糸永豊

被告 篠崎岩良

右訴訟代理人弁護士 村井右馬亟

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、<証拠省略>を合せると、本件不動産(別紙目録記載の土地、建物)が、昭和二七年頃から昭和三一年三月二九日の後記競落許可決定まで、原告の所有であったこと、が認められる。

被告黄が、債権者黄乙畢、債務者深山兼信、連帯保証人深山兼男、深川宏間の千葉地方法務局所属公証人鈴木育仙作成昭和三〇年第四二〇号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本にもとづき、原告を相手方として、本件不動産の強制競売を千葉地方裁判所に申立てたこと、そして昭和三〇年五月三一日同裁判所において本件不動産につき強制競売開始決定があり、競売手続が進められ、被告黄が本件不動産を競落したこと、その競落について昭和三一年三月二九日被告黄のために競落許可決定があり、同年五月二五日千葉地方法務局受付第六、二八一号をもって右競落許可を原因とする原告から被告黄えの所有権移転登記が経由されたこと、はいずれも原告と被告らとの間に争いがない。

二(一)  被告らは、被告黄が本件不動産を右競落により取得したと主張して次のようにいう。すなわち、被告黄は昭和三〇年二月二八日深川兼信に五〇万円を弁済期日同年三月三〇日と定めて貸付け、原告と深山宏がその連帯保証人となったこと、被告黄と兼信、原告らとの間に右貸借に関し前記公正証書が作成され、原告らは期日に債務を弁済しないときは直に強制執行を受けても異議がないことを認諾したこと、その後原告から期日に弁済がなかったので、被告黄が前記強制競売を申立て、被告黄において競落したこと以上のとおり主張する。<省略>しかし<省略>

甲第三号証(公正証書)もそのとおりの連帯保証契約が結ばれて、原告の意思に基いて嘱託、作成されたものとはいいがたい。その他に被告らの主張を認めるに足りる証拠はない<省略>。

(二)かえって、<証拠省略>を綜合すると次の事実が認められる。すなわち深山兼信はかねて沈聖求から一九万円を借受けていたが昭和三〇年二月頃沈から「一九万円に利息が加わって五〇万円になる、新たに借用証書を入れて連帯保証人二名をつけないと、差押をする」といわれた、ところが兼信の兄である原告弟である深川宏が兼信のため連帯保証する見込がなかったので、兼信は同年二月二三日頃、有合せ印を使って原告に無断で原告の改印届出をなし、その印章による印鑑証明書の交付を受け、また同じ頃かねて所持していた宏の印鑑を使って宏に無断でその印鑑証明書の交付を受け原告と宏が連帯保証することを承諾しているように装って、それら印鑑と印鑑証明書を沈に交付した、沈はそれら印鑑と印鑑証明書とを使って、原告らが沈に公正証書作成嘱託を委任する趣旨の委任状(甲第四号証、乙第一号証)を作り、それを前掲公証人に呈示して、自分が原告らの代理人として被告黄との間に前記公正証書(甲第三号証)の作成を嘱託し前掲内容の金銭消費貸借契約公正証書が作成された。原告はかかる公正証書の作成に関与しなかった。以上の事実が認められる。

そうすると、前記公正証書は少くとも原告に関しては、そこに表示された連帯保証債務は不存在であり、しかも権限のない沈の嘱託によって作成されたもので無効の公正証書である。(なお五〇万円の消費貸借の存否についてはそれを明らかにするのに十分な証拠がない。)

(三)  原告は、さらに、前記競売手続も原告に対する通知、送達を欠くので、競落として無効であると主張する。<証拠省略>前記競売手続において原告に対する不動産引渡命令や競落人の配当金領収書が千葉市今井町一、一〇〇丸善青果店深山兼男宛に送達されたこと(なぜそこに送達されたか、その事情は明らかでない)右今井町一、一〇〇は深山兼信の住所で、丸善青果店も同人の経営であったこと、原告は昭和三一年四月五日までは千葉市南生実一、三三五番地に、その後昭和三二年四月までは同市浜野町一、二八六番地に居住して、主に農業に従事していたこと、前記引渡命令や領収書は深山兼信において受取り、原告には交付せず、むしろ競落の事実を原告に秘匿していたこと、が認められる。しかしそのことによってはその前に確定した競落の効力を左右することはできない。さらに<証拠省略>によれば、本件不動産の登記簿における原告(所有者)の住所、前記公正証書およびその作成のための委任状における原告の住所は、いずれも千葉市南生実一、三三五番地となっていて住民票の住所と一致しているから、前記競売開始決定における債務者としての原告の住所も右南生実町一、三三五番地となるべき筋合であり、そうすると原告は当時の住所である南生実町一、三三五番地で競売開始決定の送達を受けた筈である。そうだとすると、原告が競売手続のあることは全く知らなかったとはいえない。証人深山兼男、原告本人の各供述中右認定に反する部分は信用しがたい。また、競売期日等の通知は必ずしも法の要求するところではなく、別に公告がされるから、利害関係人はそれで期日を知ることができるとされている。このようにして、前記競売手続には原告の言うように手続を無効ならしめる瑕疵があったということはできず、競落の効力には影響がない。

三、原告は、前記公正証書が右二の(二)のように無効であるから、その執行力ある正本にもとづいてなされた競落許可決定によっては、たとえそれが確定したとしても、本件不動産の所有権が原告から競落人たる被告黄に移転することはない、と主張する。

しかし、一般に強制競売においては、債務名義に表示された債権が不存在であったり、債務名義自体が無効であっても競落許可決定が確定した以上、競落人はその不動産の所有権を取得するものと解するのが相当である(大審院昭和一三年四月六日、昭和四年六月一日各判決参照)。その債務名義が、判決ではなく、公正証書である場合には、公正証書の信用度からみて判決の場合と区別して扱うことも考えられないでもないが(大審院昭和一一年七月一七日判決参照)、公正証書の場合でも権利関係の観念的形成と事実的形成とが区別され、執行機関はその観念的形成の結果(公正証書の執行力ある正本)を信頼し、それを前提として執行手続を行うものであることは判決の場合と本質的には同じであるから、公正証書にもとづく強制執行においてもいわゆる公信的効果を認めるべきである。(この点で債務名義の存しない任意競売の場合と異なる。)

もしそう解しないと、国の行う強制競売の効力がいつまでも安定しないことになって、その信用を失墜するばかりでなく、著しく取引の安全を阻害する。本件の場合も、原告は前記のごとく競売がなされていることを知りえた筈であり、競落後約一〇年を経ていて、その間に被告篠崎その他の権利関係が生じていて、それら取引の安全がそこなわれることになれ、妥当でない。(そうすると原告は損害を蒙ることになるが、それは深山兼信に対する損害賠償なり、債権者に対する不当利得の返還請求なりによって、償われるほかない。)

四、このようにして、被告黄は前記競落許可決定によって本件不動産の所有権を原告から取得した。

被告篠原本人尋問の結果によれば、同人は昭和三二年一月二三日本件不動産を被告黄から買受けたことが認められ、それにつき同日原告主張の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがないそうすると、被告篠崎は本件不動産の所有権を取得した。

五、以上の次第で、本件不動産が原告の所有であることを前提とする原告の請求は、その他の論点に言及するまでもなくすべて理由がない。<以下省略>。

(裁判官 水上東作)

<以下省略>

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